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2009-10年度RI第2630地区
ガバナー 岩本 忠


この原稿(『ガバナー月信』5月号の)を書いているときは、周囲の野に山に桜の花が咲き乱れています。拙宅裏庭から数歩も出れば、神宮の神路志摩路の山々に桜色の模様が続いているのが見えて、毎年この季節になると、ここにもあの山にも、あんなところにもサクラの木があったのだ、と思いおこします。
二百数十年前に松坂の本居宣長は、大和ごころを「朝日に匂う山桜花」と表現したそうですが、それを私は、然るべき「こころ」をもった人は山野を問わずに其処此処にいて、輝いているものだと、以前からそのように自分流に解釈していました。
松阪のさる施設の館長を務められた田畑美穂さんは生前、その流麗な筆致の随想文で、「やまとごころと桜ばな」を潔く散る桜の命として「大和魂」とする時流の解釈に対して、「本居さんはそんなことでいうたのではない、と思うんですがねえ」と書いていたのを思い出します。
欧米の人たちの中には、年に一週間ほど咲く花のために、これほど樹脂と毛虫のおおい木をあちこちに植えるものではない、という人たちがいます。それに対して、尾崎行雄東京市長はワシントンのポトマック河岸に何千本ものサクラの木苗を贈ったのだそうです。彼は幼少の頃、父親が明治の初年に神宮塾(外宮林崎文庫?)に赴任したために、伊勢で育ち、終生、伊勢を選挙地盤にして衆議院議員をしていました。恐らくは、当時の伊勢の桜を心中に抱いていたのではないか、と私は希望的推測をしています。伊勢は桜の里でしたから。
今、御幸道路や五十鈴川の公園、神苑そして内宮前の雑踏には、高速道路千円サービスのお蔭参り客が身動きのできぬほどに押し寄せて、正月並みの賑わいです。人々は「花愛(め)でる心なくとも、花心」でお参りをしてゆきます。花曇り花冷えにもめげず、人々は外に出て、日本的風景を展開します。これが花の季節です。学校の年度を、西欧に合わせて9月か10月にしようとの意見があり、これに反対する論拠の一つに「入学はサクラとともに」があるのです。それほどに、サクラは私たちの心に入っているのでしょう。
昨年の夏から秋にかけて、ガバナー訪問で各地を訪れた際に、幾つもの山並みを越え海辺を走って行くと、ロータリーがありました。そこには「まこと心」をもつ人々が待ち迎えてくださいました。今思えば、それは「心の共感を覚える人々」であり、「朝日に匂う山桜花」でありました。
さて、私たちは毎週の例会と時折の工夫された催しによりロータリーが生活の一部になっています。そこでは自然に、ロータリーの本質と副次的価値を体感として捉えているのではないでしょうか。入会時の感動感激、会員仲間の資質と交流の栄誉、会員であることの社会的ステイタス、世界に通じる親睦奉仕の輪。様々な形而上的価値が考えられます。諸先輩から、ロータリーは人生の最期の瞬間まで入るクラブだ、といわれてきました。それに応えてロータリーの中で私たちは、無意識に「品位と優しいこころ」を育てているのです。